放送作家の説明術②「わかりやすい」とはどういうことか?
- 2020.03.02
- 放送作家の説明術
どうすれば「わかりやすく」伝えられるのだろう?
放送作家の仕事では、いかにより多くの情報をコンパクトにして、限られた時間の中で、わかりやく視聴者に伝えることが出来るかどうかが問われます。
たとえばVTRの10秒間で、難しい政治や経済のトピックを視聴者にわかってもらえるよう説明することがミッションだったりします。
大変なのが、日本人がノーベル賞の物理学賞や医学生理学賞を受賞したときです。
オートファジーやニュートリノといった、全然わからないことでも、どういうものか視聴者にわかってもらえる台本を書かなければなりません。
ですからそういう時は、なるべくやさしく解説された資料を探して、自分なりに理解してから、台本にしなければなりません。
たとえば「オートファジー」。ウィキペディアでみると・・・
「オートファジーは、細胞が持っている、細胞内のタンパク質を分解するための仕組みの一つ。自食(じしょく)とも呼ばれる。酵母からヒトにいたるまでの真核生物に見られる機構であり、細胞内での異常なタンパク質の蓄積を防いだり、過剰にタンパク質合成したときや栄養環境が悪化したときにタンパク質のリサイクルを行ったり、細胞質内に侵入した病原微生物を排除することで生体の恒常性維持に関与している。このほか、個体発生の過程でのプログラム細胞死や、ハンチントン病などの疾患の発生、細胞のがん化抑制にも関与することが知られている」
~とあります。
ですが、これをそのままナレーションにしても視聴者には伝わりません。
ですから次のように15秒ほどで、短くわかりやすく説明することになります。
「オートファジーとは細胞内の老廃物、つまりゴミを掃除してくれる仕組みです。さらにそのゴミをリサイクルして、新しい細胞を作ってくれます。よくプチ断食を行なうと細胞が活性化するいいますが、それもオートファジーの力なのです」
このようにかみ砕いた上に、視聴者にとって身近なことに寄せて説明しなければならないのです。
このようにざっくりとした説明を、専門家の方が聞けば「正確さを欠いている」と指摘されてしまうかもしれません。
ですがテレビはあくまで「わかりやすさ」を優先します。正確さを追及していけばいくほど、細かくて伝わりにくい説明になってしまうからです。
そうした仕事ですから、いつも「どうしたら、もっと短くてわかりやすく伝えられるのだろう」と考えてきました。
そんなとき大きなヒントとなったのが、東京大学の畑村洋太郎名誉教授の書いた本『みる わかる 伝える』(講談社文庫)でした。
そこには「そもそもわかるとはどういうことか?」が、理解力に乏しい私にも、まさに「わかる」ように書いてあったのです。
そもそも「わかる」とはどういうことか?
畑村教授によれば、すべてのことがらには「要素」と、その要素からなる「構造」があるといいます。
そしてその要素や構造によって、私たちはそれがどういうものであるか「わかる」「わからない」を判断しているそうです。
つまり人間は、新しく見聞きしたことが「自分の頭の中の記憶にある要素や構造と合致するかどうか」で「わかる・わからない」を瞬時に判断しているのです。
ですから自分の知っているパターンに当てはまったときは「わかる」。当てはまらないと「わからない」となるのです。
あなた自身も、日常ではパターンに分類することで、新しく見聞きした、様々な事象を理解しているのではないでしょうか。
たとえば、他社からのヘッドハンティングで新しくやってきた上司がいたとします。その人についての情報は何もありません。
ですがそのうちに、やたら細かくてくどい性格であることに気づいてきます。その際に「なるほど、これは高校時代の××先生のような性格のパターン、細かく粘着気質な人なんだな」とわかった気になるのです。
共通の記憶があれば「あー、わかる、わかる!」
他人のいうことを理解するときも同じです。
他社に勤める友人から「この前、上司に誘われて飲みにいったんだけど、夜遅くまで、ずっと自慢話でさ、勘弁してくれよって思ったよ」と聞かされたとします。
そういうときも、あなたにも同じような体験があったら、友人の上司がどういう人かわかなくても「あー、わかる、わかる」と相槌を打ちますよね。つまり理解したわけです。
それは友人の話があなた自身、実際に体験した記憶と合致するからです。
つまり、自分の記憶にある要素や構造と一致するから「あー、わかる、わかる」となるのです。
ラーメンを知らない人にラーメンについて説明せよ
たとえばあなたが江戸時代にいて、生まれて始めてラーメンを目にしたとします。それをまだ、ラーメンを知らない人に伝えるとしたら、どう説明すればわかってもらえるでしょうか?
これも、その相手がすでに知っているパターンに当てはめてあげれば、わかった気になってもらえます。
ですから・・・
「蕎麦みたいなんですけど、麺が黄色で汁も中華味なんですよ。いわば中華の蕎麦ってところですかね」
~などと説明すれば、ラーメンを知らない相手も「ラーメンとは、ようする蕎麦の中華版ってわけか」と、わかった気になってくれるはずです。
必ずしも過去のパターンが正しいわけではない
もちろん必ずしも、100%過去のパターン通りではないことも多々あります。いわゆる思い込みで「わかった」気になることもあるでしょう。
それどころか、むしろ過去のパターンとして記憶していることが新しく見聞きしたことの理解を妨げることだってあります。
まずは「わかった気にさせる」こと
ただし、どんな物事でも、一度にすべてを伝えきることは出来ません。また説明だけで、すべてを理解させることは出来ません。
ですからまずは「わかった気にさせる」ことが重要です。
どれほどラーメンについて丁寧に説明したとしても、実際にラーメンを食べさせない限り、口頭での説明だけでは100%理解させることは不可能なのです。
久米宏さんがご自身のラジオ番組で、池上彰さんと対談したときのこと。久米さんは池上さんがかつて出演していたNHKの「週間こどもニュース」と、「ニュースステーション」の違いをこのように語っていました。
「池上さんの〝週間こどもニュース〟は徹底的にわからせようとしていましたが、〝ニュースステーション〟は今だからいえることですが、わかった気にさせる番組だったんです。すべてのニュースはあまりにも深い。だから根本まで説明すると一日中かかっちゃう。だからテレビを見ている人に〝わかった!〟って一種のカタルシスを伝えられれば、それで十分だと思っていたんです」
まずは「わかった気になってもらう」こと。そう考えればすべて理解してもらおうとして、あれもこれも詰め込んだ長い説明にはなりません。
もちろん後輩に仕事のやり方を説明するときなどは「わかった気になってもらう」だけでは不十分です。しかし上司への説明などでは、まず「わかった気になってもらう」ことを心がけましょう。
長い説明が伝わらないわけ
「わかる」の仕組みを理解すれば、長い説明がなぜわかってもらえないかも、理解できるのではないでしょうか。
畑村教授は、「新しく見聞きしたことがらが、自分の頭の中に持っている要素や構造が合致するかどうか」で、人は「わかる・わからない」を瞬時に判断しているといいます。
その説に則れば、長い説明はあまりにも要素が多すぎて、構造が複雑化してしまっているため、相手が構造を自分の頭の中の記憶と合致させにくいため、理解しにくくなっているのです。
長い説明を聞いていると「どの部分がもっとも大事なポイントなのか?」ぼやけてしまって、よくわからないことがあります。それも構造が、あまりに複雑になってしまっているからです。
一方、短い説明は要素が絞り込まれていて構造も極めてシンプルです。だから相手の知っているパターンに当てはまりやすい。つまり理解してもらいやすいのです。
まずは大体の構造を理解してもらう。そうしてから詳細な説明や例外などをしっかりフォローするだけで伝わり方が大きく違ってきます。
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