放送作家の文章術㉑書き出しで迷わない!

放送作家の文章術㉑書き出しで迷わない!

 実際に書き始めようとして、多くの人がいきなり立ち尽くしてしまうのが「書き出し」です。

 そこで引っかかってしまうと、一行も書けないまま時が流れていきます。そうなると、せっかく書く気になったのに、またやる気を失ってしまいます。

 「書き出しが、もっとも重要である」、文章術の本を読んでいると、よく出会うフレーズです。

 確かに……

桜の樹の下には屍体が埋まっている!(梶井基次郎『桜の樹の下には』)

といった、インパクトのある格好の良い書き出しには、思わず引き込まれてしまいます。

 しかし「すべては書き出しで決まる」といったような言説を鵜呑みにしてしまうのは危険です。

もしそれが本当なら、私などは一行も書けなくなります。

純文学を書こうとしている人以外は、それほど書き出しのかっこよさにこだわる必要はないはずです。あまり悩まずに、アウトラインに従って、とりあえず書き始めましょう。

繰り返しになりますが、いまやパソコンのワープロソフトで、いくらでも文章を編集できる時代です。書き出しに懲りたい人は、あとからじっくり考えても良いのです。

書き出しとは「ツカミ」である

 最後まで読ませる文章を書きたいと思う人には、書き出しの格好良さより、もっと重視してもらいことがあります。

 それが読者に「書き出しで興味を持ってもらう」ことです。

読者には、文章を最後まで読まなければならない義務はありません。少なくとも3行以内に興味を持ってもらえなければ、それ以上、読みすすめてもらえないと肝に銘じてください。

 ではどうすれば、書き出して読者に興味を持ってもらえるでしょうか。

以下に、書き出しで読者の心を一瞬でつかむためのポイントを挙げていきます。

「なぜ~なのか」と問いかけてみる

 クイズ問題を出題するように「なぜ~なのでしょうか?」など、質問を投げかける書き出しで始めるのもひとつの方法です。

 その場合、大切なのは読者に「そういえば、どうしてだろう?」と共感してもらうことです。

 ビジネス書のタイトルには、この手法が多用されています。

ベストセラーとなった『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』(山田真哉・光文社新書)は、その代表格です。

この本は会計学の入門書です。ですがタイトルを目にした人は「そういわれれば、確かにそれほど儲かっているように見えないのに、いったいなぜ商売として成り立っているのだろう」と興味を掘り起こされます。

 文章の書き出しにも、この手法は有効です。

「なぜ美人は3日で飽きるのか?」

「なぜ人はスターバックスに集まるのか?」

「なぜ政治家は嘘をつくのか?」

と、いった問いかけから、自分が言いたいテーマに落としこんでいくのです。

「なぜ」と「~なのか」の間には、思わず共感してしまう、素朴な〝あるある〟ネタをはさむと効果的です。

「なぜ〝熱いものをさわると耳たぶをさわる〟のか」

「なぜ〝賞味期限と消費期限はわかれている〟のか」

「なぜ〝初恋はかなわない〟のか」

「なぜ〝変質者はパンツの色を聞く〟のか」

 このツカミは強力ですので、日頃から、自分の周囲で「あるあるネタ」思いついたら、メモなどに書き留めておきましょう。

 もっとストレートに「~をあなたはご存知でしょうか?」などと問いかけるパターンもあります。その場合は、上から目線にならないよう注意しましょう。

逆説で惹きつける

 こちらもビジネス書のタイトルによくあるパターン、逆説で興味を喚起するテクニックです。

 数年前、『千円札は拾うな』(安田佳生著 サンマーク文庫)という本が話題になりました。

千円札が落ちていれば、誰だって拾う。これが常識です。

しかし、その千円札の隣に1万円札が落ちていたら、千円札を拾った人は、1万円札には気がつかないことが多いといます。

もちろん、これは例え。著者は「既存の常識にとらわれている頭をもっと柔軟にしなさい」と伝えるためのツカミに逆説を使ったのです。

しかし『常識にとらわれるな』のようなタイトルでは、膨大な新刊が並ぶ書店の店頭で人の心を“つかむ”ことはむずかしい。そこで、あえて常識をひっくり返す、サプライズ効果で勝負に出たのでしょう。

ビジネス書のベストセラーには、他にも『食い逃げされてもバイトは雇うな』(光文社新書)『お金は銀行に預けるな』(光文社新書)『営業マンはお願いするな』(サンマーク出版)といったものがあります。

こうしたビジネス書のタイトルのように、普通の人が「え、どうして?」と思うような逆説は、書き出しにも効果を発揮します。

たとえば「いくら節約してもお金はたまりません」とか「ゲームで頭は良くなる」など、世間の常識を裏切るような書き出しには多くの人が興味を持ちます。

また一般常識を書いてから、それを否定するのも効果的です。「炭水化物抜きダイエットがよいとされています。しかし逆効果になることも……」といった出だしも、同じパターンです。

こうした書き出しは、自分が言いたいテーマから逆算して考えます。

たとえば「お金は溜め込むのではなく、使うからこそ入ってくる、つまりストックよりもフローが大切だ」との主張から逆算して「いくら節約してもお金はたまりません」といった書き出しを考えます。

いきなり「感情」を訴える

メロスは激怒した。

誰もが知る、太宰治『走れメロス』(新潮文庫)の最初の一行です。

 メロスの「強い怒り」の感情から入ることで、いきなり、物語の世界に引き込まれてしまいます。それではもうひとつ、同じパターン。

山椒魚は悲しんだ。

 井伏鱒二の『山椒魚』(新潮文庫)。

これもいきなり感情を訴えることで、小説の世界観に読者を誘っています。

 こうした「感情」をいきなり訴えて、ツカミにすることはテレビの世界では常套手段です。

たとえばワイドショーのVTRの多くは「被害者の涙や怒り」「ゴミ屋敷住人の激怒」「不正を追求されて号泣する県会議員」といった、感情をあらわにした人の姿でスタートします。

映像にしても文章にしても、人が感情をあらわにしていると、視聴者や読者からは「どうしたの?」「なにがあったの?」といった反応が返ってきます。

 そういう疑問を、頭に浮かばせることができれば、そのあとも読み続けてくれます。

 ちょっとしたことですが、ブログの文章でも「きょうは、これこれ、こんなことがあって、本当に楽しかった」と書くのではなく、まずは「今日は本当に楽しかった。」と感情を書いたあとで、いったん文を切ってみましょう。

そうすれば読者の頭には「どんな楽しいことがあったのか?」そんな疑問が浮かびます。

そうなれば、「これこれ、こんなことがあった」との文も読まれやすくなります。

あなたの「読者に呼びかけて」始める

 第一章で「誰に読ませるか」、想定読者を設定することの大切さについて書きました。

あなたがもし、すでに読者像を設定しているのであれば、その人に呼びかけるように書き出すのも効果的です。

「あなたは今、こんなにことに悩んでいないでしょうか?」

「どんなダイエット法を試しても続かない、あなた。もう嫌になっていませんか?」

「婚約したのはいいけれど、いざ挙式が近づくと憂鬱な気分になることはありませんか?」

 ~など、あなたが想定する読者に直接、呼びかける文章で書き出してみるのです。もちろん、テーマから逆算して、ターゲットを設定してもかまいません。

 人は「当事者意識」がないと、文章を読む気になりません。

一方で「自分のために書かれた文章だ」と思うと、ぐっと引き込まれます。

 ポイントは「みなさんは~」ではなく、「あなたは~」と特定の個人=書き手が想定する読者に直接、呼びかけることです。

読者の頭に「情報の空白」を作る

 ここまでに紹介した書き出しの多くは「そういえば、なぜだろう?」「え、どうして?」「何があったの?」と読者の頭に「?」を強く浮かべさせる、つまり「情報の空白」を作ることで、本文に引き込んでいくテクニックです。

そこまで強い「?」でなくとも、さりげない「?」で引き込むテクニックがあります。

 よくあるのは「~には、ある理由がある」「~には、ある秘密がある」など、「ある」などの言葉で、核心部分をぼかす手法です。

 人は「謎」があれば、かならずその答えを知りたくなりますから、本文に誘いやすくなります。

 夏目漱石の『草枕』は「山道を登りながら、こう考えた」で始まります。

これも読めば読者の頭に「山道でどんなこと考えたのだろう?」と「?」が浮かびます。

そのあとで「智に働けば角かどが立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」との有名な文が続きます。

「智に働けば~」で書き出してもよいのですが、あえてその前に「山道を登りながら、こう考えた」の一文を漱石は置きました。その効果で、より後の文が際立っています。

 こうした「ある理由」「こう考えた」といった言葉を使うと「情報の空白」が生まれます。

 冒頭で読者に、ある程度の情報を与えて共有しながらも、ある部分は隠しておく。

こうした情報の空白を冒頭に置くと、興味深い書き出しになります。

書き出しで「共感」を得る

 私が講師の一員を務める文章講座で、作文を書く課題がでたときのこと。テーマは「最近、腹が立ったこと」でした。

提出された課題の一つにこういう作品がありました。(個人が特定されないよう文章を少々、変えています)

 「先日、恵比寿のしゃれたビストロに行きました……(※この後、店紹介が続きますが割愛します)。

そこで合コンすることになったのですが、問題は女子チームのなかに、いわゆる〝ぶりっ子〟がいたこと。

その子は女子だけでいるときは、ほとんど口も聞かず無愛想なのに、合コンではしゃべるしゃべる。それも自分がいかに家庭的で良妻賢母になるかを延々と…(※この後、その〝ぶりっ子〟の悪口が続きますが割愛します)。

でも結局、一番モテたのは、そのぶりっ子。〝ぶりっ子〟の本性も見抜くことができないのだから、男の人は、ほんとうに女を見る目がないと思う。」

 この作文、最後まで読めば面白い文章だったのですが、残念ながら、多くの読者が「恵比寿のおしゃれな店紹介」のところで、読むのをやめてしまいます。

 この場合であれば……

「男の人は、ほんとうに女を見る目がないと思う。

〝ぶりっ子〟の本性も見抜くことができないのだから」

こうした書き出しであれば、多くの同世代の女性の共感を得ることができ、心をつかんで、最後まで読んでもらえはずです。また男性にとっても、気になる書き出しになります。

書き出しで、共感を得ることができれば、多くの読者がまるで知り合いの書いたブログを読むような感覚で、読み続けてくれるのです。

私たちも読者に、共感を得ることができる書き出しを目指しましょう。

そこはかとない〝不安〟を感じさせて始める

キャッチコピーやセールスレターの世界では、共感ではなく、不安を煽る手法もあります。

〝不安をあおってつかむ〟手法は、テレビ番組で一時期、流行しました。

今は、放送されていませんが『おもいッきりテレビ』や『発掘!あるある大辞典』といった健康情報番組で、よく使われていた手法です。

冒頭に「そのままの食生活では、ガンになるかも~」「放っておくと、大変なことに~」と〝おどす〟ことで、視聴者の興味をひきつけるものです。

「不安をあおる」手法は、まだまだマスコミでは多用されています。女性誌では「やってはいけない〝老け顔〟メイク!」、ゴルフ雑誌では「だからあなたはシングルになれない!」、男性向け週刊誌では「最近、抜け毛が増えたと感じている、あなた。そのままでは~」などなど、雑誌をパラパラとめくるだけでいくらでも目にとまります。

医療保険やがん保険のパンフレットにも「今や3人にひとりがガンにかかる時代」といった、不安をあおるキャッチコピーがデカデカと踊っています。

ここまで「不安をあおる手法」が多く用いられるのは、それだけ、効果が証明されているからです。 

「知らないと損をする~をご存じでしょうか」

「やってはいけない~をあなたはしていないでしょうか」

「~については、多くの人が勘違いしています」

 といった書き出しは、読者の安全・安心欲求に訴えますので、本文への強い導入になります。

ただし、あまりに不安をあおりすぎると逆効果。「胡散臭さ」や「怪しさ」が漂う下品な文章になりかねません。

あくまで「そこはかとなく」不安をあおるようにしてください。

〝流行〟で始める

情報番組やワイドショーの鉄板ネタといえば、なんといっても“流行りもの”情報です。

「表参道に新しい行列を発見!」などと切り出せば、それまでテレビはつけっぱなしだっただけ。スマホでゲームに熱中していた人も、すぐさまテレビに視線を向けます。

日本人はとくに“流行りもの”に弱い傾向が強いようです。

流行を意識させる書き出しは、「みんなが注目しているものを、自分だけ知らないのはマズい!」と感じる気持ちに訴えるので、“つかみ”になります。

いわば前項の「不安でつかむ」書き出しの、変形バージョンです。

まだ、そこまで流行っていない、あまり知られていないことを話題にする場合にも、この発想は有効です。

「いま、流行っている」。このフレーズの代わりに、「いま、注目を集めている」を使うのです。

それも言い過ぎか、と感じるときには、「〝密かな〟ブーム」、「〝わかる人だけが〟注目している」といった表現が使えます。

ブログなどでも「いま、×××が密かには流行っているらしい」といった言葉で始めてみましょう。

この一言だけで、読者の心をガッチリつかめます。

〝旬〟の話題から書き出す

 今、世間で話題になっている出来事から書き始めるのも、ツカミとしては有効です。

 たとえばオリンピックが開催されている時期であれば、

「女子柔道の××選手が金メダルを取りました。表彰式でメダルをかじる表情が可愛かったですね」といった話題で書き出して、そのあとで、

「ところで〝氷食症〟をご存知でしょうか?金メダルでなく氷をやたらとかじってしまう病気です。なんと約2割の女性が、この“氷食症”を発症しているといいます」などと展開させます。

 「氷食症をご存知でしょうか?」でも、問いかけのスタイルなのでツカミにはなっています。

しかし旬の話題を前につけることで、より多くの読者と情報を共有できるため、読んでもらいたい本文に、惹きつけやすくなります。

人々が熱狂しているスポーツイベントでも、世界を騒がせている事件でも、芸能人の不倫騒動でも構いません。そのある部分を切り取って、あなたの言いたいテーマにつなげてみましょう。

〝衝撃的な内容〟で書き出す

第55回全国小・中学校作文コンクールで、静岡サレジオ中学校2年の高田愛弓さんが書いた作文が、満場一致、最高得点で文部科学大臣賞を受賞しました。

タイトルは「夢の跡」。その書き出しが素晴らしいと話題になっているので紹介します。

 父が、逮捕された。

 自宅には家宅捜索が入った。毎日「いってきます」と「ただいま」を繰り返す門扉は、マスコミ陣で埋め尽くされた。

 2015年5月26日、夕刻のことである。

 いかがでしょう。この先が気になります。

 この作文は、市長選挙の際、「公職選挙法違反」の容疑で父親が逮捕されたときの様子を描いたもの。

全文は原稿用紙78枚に及ぶ長い文章ですが、この衝撃的な書き出しがあるから、一瞬にして読み手を引き込み、80枚近い長編を一気に読ませる作文になっています。

 第4回田辺聖子文学館ジュニア文学賞で、エッセイ賞を受賞した、神奈川県横須賀市立浦賀中学校3年、渡辺奏さんの作品の書き出しにも注目してください。

こんなにつらい学年が、今まであっただろうか。

演劇部の最上級生としての重圧を描いたもので、大人から見れば他愛のないものですが、やはり最初の一行で、読者を「どうしたの?何があった?」といった気持ちにさせ、その先を読まずにはいられません。

 こうした衝撃的な書き出しは、読者の心を鷲掴みにします。

やってはいけない!読まれない書き出し

 ツカミになる書き出しのパターンを書いてきました。

しかし「これだけはやってはいけない」タブーもあります。

 それは「最初の一文がだらだらと長いこと」です。

 試しに、ここまでの4行の文章をあえて、長々と書いてみましょう。

 ツカミになる書き出しのパターンを書いてきましたが、その一方でたとえば「最初の一文がだらだらと長い」といったような「これだけはやってはいけない」タブーもありますので、みなさんも気をつけてください。

 こうした長い一文が、もし書き始めにあったら、勢いが失われてしまいます。

不具合のあるロケットのように、初速が失われてしまうのです。

 ですから最初の「文」はできる限り、一行以内にまとめるよう心がけてください。

 吾輩は猫である。(『吾輩は猫である』夏目漱石)

メロスは激怒した。(『走れメロス』太宰治)

ある日のことでございます。(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 こうした短い書き出しが理想です。

先ほど紹介した二人の中学生の作文。

父が、逮捕された。

こんなにつらい学年が、今まであっただろうか。

この二つの書き出しも一行以内。書き出しの文章は、短いほど強くなるのです。

長い一文で始めて、読者にいきなり負担をかけるのではなく、軽やかに読み始めてもらうためにも、書き出しは短い一文で始めましょう。